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東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)24号 判決

原告 フアルブウエルケ・ヘヒスト・アクチエンゲゼルシヤフト・フオールマールス・マイステル・ルチウス・ウント・ブリユーニング

被告 特許庁長官

主文

特許庁が昭和三一年抗告審判第二三〇二号事件および同第二三〇三号事件について、いずれも昭和三五年一〇月一三日にした各審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

主文同旨の判決を求める。

第二請求の原因

一  原告は、昭和三〇年二月一日、(一)通常のローマ文字書体により「PERLON」と左横書きして成る文字商標について、旧第二六類(大正一〇年農商務省令第三六号商標法施行規則第一五条)「生糸、絹糸、人造絹糸、野蚕糸、天蚕糸、金糸および銀糸」を指定商品として、(二)また、右と同一の商標について、旧第二九類「麻糸および第二六類ないし第二八類に属しない糸類」を指定商品として、それぞれ商標登録出願をし(以下前者を本願商標(一)、後者を本願商標(二)という。)、昭和三〇年商標登録願第二三三三号および同第二三三四号事件として審査されたが、昭和三一年三月二六日、いずれも拒絶査定を受けた。原告は、この各査定を不服として、同年一〇月二九日抗告審判の請求をし、昭和三一年抗告審判第二三〇二号および同第二三〇三号事件として審理されたところ、昭和三五年一〇月一三日各抗告審判の請求は成り立たない旨の審決がされ、各審決の謄本は、同月二二日原告に送達された。これらの審決に対する出訴期間は、特許庁長官の職権により、昭和三六年三月二二日までとされた。

二  本件各審決の理由の要旨は、つぎのとおりである。

本願商標(一)、(二)にかかる「PERLON」は第二次世界大戦の結果解体されたドイツ国イー・ゲー・フアルベンインドストリー・アクチエンゲゼルシヤフト(以下イー・ゲー社という。)の商標であつたと思われるが、同戦争終了後、西独および東独の化学会社がポリヘキサメチレン・アジパミド、ポリカブラミド、ポリテトラメチレン・ヘキサメチレン・ウレタン等を用いた合成繊維を製造し、右「PERLON」をその普通名称のように取り扱つた結果、わが国およびその他世界の一部の国々においては、「PERLON」といえば、右合成繊維を想起させるまでにいたつた。「PERLON」の文字は、昭和二六年九月一〇日財団法人商工会館出版部発行にかかる繊維辞典によれば、右イー・ゲー社製の合成繊維パーロンT(ポリヘキサメチレン・アジパミド繊維)、L(ポリカプラミド繊維)およびU(ポリテトラメチレン・ヘキサメチレン・ウレタン繊維)の総括名称と認められる。したがつて、本願商標(一)、(二)をその指定商品について用いるときは、上記繊維より製した糸類については、単に品質を表示したものに過ぎないから、結局旧商標法(大正一〇年法律第九九号)第一条第二項に規定する特別顕著の要件を具備していないものといわざるをえず、また、その他の糸類については、上記繊維から製した糸のように商品の品質について誤認を生ぜしめるおそれがあるものと認められるので、この点では同法第二条第一項第一一号に該当するものといわざるをえないというのである。

三  しかしながら、本件各審決は、つぎの理由によつて違法であり取り消されるべきものである。

(一) 「Perlon」「パーロン」は、ひろく一般に製造販売者のいかんを問わずポリヘキサメチレン・アジパミド・ポリカプラミド、ポリテトラメチレン・ヘキサメチレン・ウレタンのごとき合成繊維を指称する語ではなく、少なくとも審決引用の繊維辞典(乙第一号証の一、二の(イ)、(ロ)、三)の記載によつても、これが、(1)イー・ゲー社製のある種の合成繊維を、あるものはパーロンT、あるものはパーロンL、あるものはパーロンUとして指称し、同社の法人格消滅後は、クンストザイデン・ボビンゲン社等のドイツにおける特定の諸会社がイー・ゲー社によりPerlon(パーロン)という名称で製造されていたあるいはパーロンL、TおよびUのの名称で同社の製造にかかるものと認識されていたポリカプラミド繊維等前記の合成繊維を製造していること、(2)かつてイー・ゲー社によりパーロンという名称で製造されていたあるいはパーロンLの名称で同社の製造にかかるものと認識されていたポリカプラミド繊維が、たとえばフアルベンフアブリーク・バイエル社によりBayer Perlonという商標で、また、イー・ゲー社によりパーロンという名称で製造されていたあるいはパーロンTの名称で同社の製造にかかるものと認識されていたポリヘキサメチレン・アジパミド繊維がフイリツクスーウエルケ・アクチエンゲゼルシヤフトによりPhrilonという商標で、現在製造されつつあること、(3)さらに、パーロン「Lはポリカプラミド………繊維(東洋レーヨン社アミランに同じ)」とされており、ポリカプラミド繊維は、東洋レーヨン社製のものをアミラン、イー・ゲー社製のものをパーロンLと称すること、したがつて、Perlonパーロンが普通名称でないことを明らかにしている。

Perlonはイー・ゲー社の主として繊維製品に関する商標として、世界各国において登録され認識されていたものであるが、同社解体後、その分与資産承継諸会社等が争つてそれぞれの製造販売にかかる特定合成繊維にPerlonを使用し、ある場合には前記のとおり、たとえばBayer Perlonを、他の場合にはPerlonにあやかる類似商標たとえばPhrilonを採用する等の混乱状態を惹起し、そのためごく短期間きわめて一部にPerlonが商標なりや普通名称なりやの疑念を抱かせたことは、必ずしも否定しえないけれども、右繊維辞典のパーロン(Perlon)の項の説明は、たといこれを積極的に商標として取り扱つていると解しえないとしても、これが商標であることを積極的に否定し普通名称として取り扱つているものとは、とうてい解されない。なお、株式会社平凡社発行世界大百科辞典第一七巻一九九頁「せんい繊維」の項(乙第二号証の二)によつても、パーロンをある種の合成繊維の普通名称としているものとは認められず、かえつて、商標として理解されているものと考えられる。

また、商標「PERLON」がある種の合成繊維またはそれから作られた製品以外の商品に使用されるとしても、Perlonはある種の合成繊維の品質の表示ではなく、登録要件を備えた造語であるから、商品の品質について誤認を生じさせるおそれはない。

(二)  原告会社が現に製造販売しつつあるある種の合成繊維(これに対し現在Perlonなる商標が用いられているが、以下この合成繊維を便宜Perlonと表現することがある。)は、ドイツ国においてドクトル・パウル・シユラツクが一九三七年から一九三八年にかけて発明した製造方法により、イー・ゲー社が開発したポリアミド系繊維からなるものであり、その製法は、カプロラクタムの重合にもとづいている(このポリアミド系繊維には米国で開発されたナイロンがある。)。

Perlonなる語は、純粋に創造的な表示であり、商標Perlonのの出願は、一九四〇年七月二六日ドイツ国でされた(登録番号第五二五六五六号)。Perlonの生産は、第二次世界大戦中にイー・ゲー社が同社に属するいくつかの工場において繊維、糸、剛毛および単糸の形で行つていたが、これらの工場は、イー・ゲー社の解体に際し独立した会社となり、そのままそれまでに行つていたPerlonの製造を続けている。大戦後Perlonを無権利で製造したり、その商標を無権利で使用した会社は一社もなく、かえつて、Perlonの製造は、すべて右シユラツク特許の実施権にもとづいて行われ、Perlon商標の使用は、すべてイー・ゲー社から実施権者に付与した商標使用権にもとづいていた。戦後連合国によるイー・ゲー社の解体の範囲内でPerlon商標は、同社の一切の商標を管理するものが定められなければならなかつたので、まずクンストザイデン・フアブリーク・ボビンゲン社に与えられ同社は、一九五四年原告会社に吸収されて消滅した。今日でも、Perlonは、西ドイツの特定の会社(その全部がイー・ゲー社の権利承継人か実施権者あるいは社団法人Perlon商標連盟の加盟会社である。)の製造販売にかかるPerlon繊維等に独占的に使用されている。かつてPerlon商標の使用権を有していた東ドイツの諸会社は、その製造にかかるカプロラクタム・ポリアミドにはこの商標をもはや使つていない。

今日世界において生産されている合成繊維のうちでポリアミド系繊維は特別の役割を持ち、このポリアミドについては、ナイロンnylonなる普通名称が用いられている。そして、ヘキサメチレンジアミンとアジピン酸(カローザス、デユポン社)からのポリアミドはナイロン66と称し、カプロラクタム(ドクトル・シユラツク、イー・ゲー社)からのポリアミドはナイロン6と表示される。西ドイツにおけるPerlon商標連盟加盟会社の製造するナイロン6にはPERLONなる商標をつけ、東ドイツその他の諸国の会社の製造するナイロン6には、他の名称、商標が用いられている。(パーロンL、パーロンT、パーロンUは、イー・ゲー社内で種々なるPerlonタイプについて使用された内部表示に過ぎない。)日本の二つの生産会社である日本レレーヨン株式会社と東洋レーヨン株式会社は、そのナイロン6製品等をGrilonおよびAmilonの名称を用いて販売しており、この日本製品のためには普通名称としてナイロン等が用いられ、Perlonの語は用いられない。Perlonは、商標としての特徴が各分野において尊重され、ナイロン6製品の性質または品質記載としては、Perlonではなく、常にnylon6またはpolya-mideが用いられている。

被告は、本願商標(一)、(二)について、いわゆる自壊作用により特別顕著性を喪失したものと主張するけれども、Perlonがこれまで需要者取引者によりひろく普通名称として使用され認識されたことのないことは、以上に主張したとおりであるから、被告の右主張は失当である。

よつて請求の趣旨のとおりの判決を求める。

第三被告の答弁

一  「原告の各請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求める。

二  請求原因第一、二項の事実は、認める。

元来、特定人の商品に使用される商標であつても、永年にわたり不特定多数の者の使用を放置した結果、取引界において商品そのものの名称と認識されるにいたつた場合もはや特定人の商品であることを表示する機能を失い、旧商標法第一条第二項に規定する特別顕著の要件を欠くにいたるものが多数存することは顕著なことである。ことに、造語によつて構成され特定の商品をあらわす商標として著名となつた商標は、商標管理を怠たり多数人に使用されるままに放置しておくとそれが著名となればなるほど出所標識としての機能が薄れ商品の名称のように通用し、容易に普通名称化するものであることは、経験則上明らかである。本願商標(一)、(二)も、当初イー・ゲー社の商標であつたものが、同社の第二次世界大戦による解体後は西独、東独の多数の会社においてその合成繊維を紡糸し、これに用いたため、ことにその一部の会社は、後記のとおりわずかにPerlonの名称を語尾に付したものを商標として使用しているほどであり、Perlonパーロンだけでは、もはや商標としての機能を失い普通名称となるにいたつている。

原告は、ある営業主体の製造にかかる「パーロン」「Perlon」なる称呼ないし文字により表示される合成繊維には三種類あつて、パーロンTはポリヘキサメチレン・アジパミド繊維、パーロンLはポリカプラミド繊維、パーロンUはポリテトラメチレン・ヘキサメチレン・ウレタン繊維であると解すべきであるとしている。けれども、イー・ゲー社は、その解体後は、必ずしも営業主体が明らかでなく、しかも永い期間登録出願もせず放置していたので、現在ではわが国の繊維業界においてはむずかしい学術名をいうよりパーロンT、L、Uといえば、ドイツで製造され合成繊維の名称であると認識されるにいたつている。しかも、イー・ゲー社解体後、パーロンLについて、クンストザイデン・ボビンゲン社はBobina Perlon、フエアアイニグテ・グランツシユトフ・フアブリーケン・アクチエンゲゼルシヤフト社はNefa-Perlon、フアルベンフアブリーク・バイエル社はBayer Perlonなる商標を使用している。すなわち、これらの社の製品について、単にPerlonだけでは、もはや自他商品けん別の標識とするにたりないところから、Perlonに他の語を結合して新たな商標を作り用いているのである。またフイリツクス・ウエルケ・アクチエンゲゼルシヤフト社のごときは、Perlonとは別個のPhrilonという新しい商標を採用している。これらの点から考えても、本願商標(一)、(二)にかかる「PERLON」は、いわゆる商標の自壊作用により、ナイロンの語と同様に特別顕著の要件を具備しなくなつたものである。

Perlonなる商標を周知著名にしたパーロンなる合成繊維は、すでに第二次世界大戦中一九四二年ドイツにおいて商品化され、その商標もその前後にドイツをはじめ各国で登録されたが、日本においては適切な商標管理もされないまま放置され昭和三〇年にいたりはじめて登録出願されたのである。ところが、合成繊維パーロン自体は、日本でも戦後早くからその名を知られ、繊維辞典にも、商品の普通名称のように紹介されているし、商品自体も本願商標(一)、(二)の出願前すでに年々相当量が輸入せられこれを原料とする合成繊維製品にはパーロン製歯ブラシ、パーロン製はけ等の名称が付され、取引市場に相当広く販売され、パーロンが合成繊維であることを知る大多数の購買者は、これをドイツ製ナイロンないしはドイツ製合成繊維の普通名称として理解し使用している。

したがつて、本件各審決には違法の点はなく、原告の本訴請求は、いずれも失当として棄却されるべきものである。

第四証拠〈省略〉

理由

一  特許庁における本件各審査および審判手続の経緯、本願商標(一)、(二)の各構成および指定商品、本件各審決の理由の要旨についての請求原因第一、二項の事実は、当事者間に争がない。

右争のない事実によれば、本願商標(一)は、通常のローマ文字書体により「PERLON」と左横書きして成る文字商標であり、旧第二六類「生糸、絹糸、人造絹糸、野蚕糸、天蚕糸、金糸および銀糸」を指定商品とし、本願商標(二)は、本願商標(一)と同一の構成より成り、旧第二九類「麻糸および第二六類ないし第二八類に属しない糸類」を指定商品とし、いずれも、昭和三〇年二月一日登録出願にかかるものであること、本件各審決は、本願商標(一)、(二)にかかる「PERLON」が以前ドイツ国イー・ゲー社の商標であつたとしても、第二次世界大戦の結果同社は解体され、その後西独、東独の化学会社がこれを後記合成繊維の普通名称のように取り扱つたため、わが国においては、PERLONといえば、この文字がイー・ゲー社製の合成繊維すなわちパーロンT(ポリヘキサメチレン・アジパミド繊維)、パーロンL(ポリカプラミド繊維)およびパーロンU(ポリテトラメチレン・ヘキサメチレン・ウレタン繊維)の総括名称と認められ、右合成繊維を想起させ、ひいて、これを右指定商品について用いるときは、上記繊維より製した糸類については単に品質を表示するものにとどまり、本件に適用のある旧商標法第一条第二項の特別顕著の要件を具備せず、またその他の糸類については、商品の品質について誤認を生ぜしめるおそれがあるから、この点では同法第二条第一項第一一号に該当するものといわざるをえないとして、いずれもその登録をすべきものでないとしたことが明らかである。

二  成立について争のない甲第一一号証の一、二によれば、(一)通常のローマ字書体により「Perlon」と左横書きして成る文字商標が、ドイツ国において、一九四〇年(昭和一五年)一〇月二五日イー・ゲー社のため、商品人造絹糸、撚糸、剛毛、合成物質撚糸について登録され、その存続期間は一九五〇年七月二六日の効力により延長され、その後権利者名義の変更があり、一九五五年四月五日からは原告会社名義になつていること、また、(二)同様構成の商標が、同様ドイツ国において一九四三年(昭和一八年)七月一四日イー・ゲー社のため、商品靴下類、織物、編物被服類、寝具類、コルセツト、紡糸、ゴム、ゴム代用品、骨、コルク、角、鯨骨、象牙、こはく、革製品(その他略)について登録され、その存続期間は、一九五一年一月一六日よりの効力により延長され、その後権利者名義の変更があり、一九五五年四月五日からは原告会社名義になつていることが認められる。そして、右商標等にかかるPerlonの語が特別の造語にかかるものであることは、被告の明らかに争わないところである。

ところで、本願商標(一)、(二)について、これを構成する「PERLON」の文字が、審決掲記の合成繊維の総括名称としてその繊維により製した糸類について単に品質を示すにとどまり、また、その他の糸類については商品の品質の誤認を生ぜしめ、したがつて、旧商標法第一条第二項の特別顕著の要件を欠き、あるいは同法第二条第一項第一一号に該当するかどうかは、右「PERLON」の語がわが国における本願商標(一)、(二)の指定商品の取引においてそのように認められるかどうかにより決せられるべきものであることはいうまでもない。そして以上によれば、本件における争点も、結局、特別の造語で特別顕著性を有していた「PELRON」(パーロン)の語がわが国において特定の合成繊維の普通名称となり指定商品中合成繊維にかかるものについてはその品質を表示するものとなつていたかどうかに帰する。以下この点について判断する。

三  成立について争のない乙第一号証の一、同号証の二の(イ)、(ロ)、同号証の三(本件各審決が判断の資料とした昭和二六年九月一〇日財団法人商工会館出版部発行、通商繊維局監修、繊維辞典刊行会編の繊維辞典)によれば、「パーロン(Perlon)」の項に「ドイツのイー・ゲー社(I、G)製の合成繊維で、パーロン・T、L、及びUの三種がある。Tはポリヘキサメチレン・アジパミド(○○○―Co(CH2)4CO―HN(CH2)6NH―○○○)繊維、Lはポリカプラミド(○○○―NH(CH2)5CO―○○)繊維(東洋レーヨン社アミランに同じ)、Uはポリテトラメチレン・ヘキサメチレン・ウレタン(○○○―(CH2)6・NH―CO―O(CH2)4・O―CO―NH○○○)繊維である。即ちイー・ゲー社(I、G)製イガミド・A、B及びU樹脂をそれぞれ熔融紡糸したものである。現在ドイツではパーロンLが最も多く、パーロンLはフイリツクス・ウエルケ社(Phirix-Werke)で生産されておりUは極く少量である。なおイー・ゲー社(I、G)解体後は次の諸工場で紡糸されている。」の記載があり、「(西ドイツ(Kunstseiden Bobingen, Vereinigte Glanzstoff-Fabriken A, G., Farbenfabrik Bayer, Phirix-Werke A. G., Deutsche Acetat "されている。けれども、右乙号各証、ことにこれらの前示記載によつても、Perlon(パーロン)の語が特定の製造業者ないし製品の供給者と関係なく、すなわち商品の出所との関係を離れ、ひろく右合成繊維自体を指称する名称とは解されず、かえつて、イー・ゲー社、その解体後はその系列に属するクンストザイデン・ボビンゲン社外西独および東独に存する特定の会社において紡糸されている特定の合成繊維を指称するものであることが右証拠および弁論の全趣旨からうかがわれる。さらに、証人井本稔、同佐古田正昭、同金子曻二(一部)の各証言を総合すれば、Perlon(パーロン、ペルロン)の語は、わが国においては、これまで、ドイツ国イー・ゲー社製の、同社が第二次世界大戦後解体されてからは同社にかかる特定の団体ないし会社の生産するポリアミド系合成繊維、ポリウレタン系合成繊維について、出所を限定して用いられており、同国の右以外の会社製ポリアミド系合成繊維等についてはパーロンの名称は用いられていないことが推認される。なお、成立について争のない乙第二号証の一ないし三(一九五七年八月一五日平凡社発行の世界大百科事典第一七巻一九九頁)中には、ポリウレタン系合成繊維の例としてパーロンUが掲げられているけれども、この記載をもつて右判断を左右するに足りないし、また、成立について争のない乙第三号証の一ないし三(昭和二七年六月二五日高分子化学刊行会発行渡辺正元著「ナイロン」の六ないし九頁)には、「ドイツにおいては合成繊維ではパーロンと呼ばれ、合成樹脂ではイガミドとよばれるポリアミドの発達は米国や英国におけるナイロンの発展とは違つた方向に進んだ。」「Kunstseidefabrik社では西独最大のパーロンメーカーで」あるとの記載があり、一方で、「一九四二年ドイツにおいて市販の域にまで達したポリアミド……これらポリアミドとその中間体の製造は主にI、G、染料会社のLudwigshafen工場とLeuna工場でなされた。……ドイツのポリアミド工業は一九四四年の終戦まで順調な発展をとげた。戦後は……合成繊維工業がほとんど潰滅状態にあつたが、その後漸次回復した。旧I、G社はその五七・九%、二四施設は東独に、四二・一%、一八施設が西独に分割された。そして西独の方は一二~一五の新会社を設立した。」とあり、ついで、その戦後におけるドイツのポリアミド製造状況の概観において、西独の五社、東独の二社がそれぞれパーロンL、パーロンTの製造販売をしBayer Perlon, Nefa-Perlon, Bobina-Perlon Phrilonのごとき商標が用いられていることが記載されているけれども、これをもつて、にわかにPerlon(パーロン)の語が、ドイツにおいて、その特定の出所との関係を離れ一般にポリアミド系合成繊維等の普通名称になつていると認めしめるに足りる証拠ということができないばかりでなく、前掲各証言に対比し考えるとき、わが国において、これがなおさらそのような普通名称となるにいたつたものと認めしめるに足りないものというのほかはない。

他に以上の判断をくつがえすに足りる証拠はなく、したがつて、Perlon(パーロン)の語がわが国において商品の出所と関係のないものとなつて普通名称化し、ひいて品質を表示する語となつており旧商標法第一条第二項の特別顕著の要件を具備しないとする被告の主張は、結局これを認めしめるに足りる証拠がないものといわざるをえない。

四  本件審決は、いずれもPerlonパーロンの語が合成繊維によつて製した糸類以外の指定商品に用いられるときは、品質の誤認を生ずるとする。なるほど、Perlonパーロンの語が特定の出所にかかるポリアミド系合成繊維またはポリウレタン系合成繊維について用いられるとの認識が存するとしても、一方、この語にかかる認識がもつぱら右合成繊維に限られていると認めるべき証拠がないばかりでなく、かえつて、第二項冒頭に認定したとおり、Perlonの語は特別の造語であり、少くとも「Perlon」の商標がドイツ国において合成繊維以外の多くの商品にも用いられうべきものとして登録されていることが明らかであるところより、ひいて、わが国においてこの語についての認識が合成繊維に限られるとはただちに断じ難いとするにいたらせるし、さらに、本件指定商品を機宜限定することも考えられるから、この点についての右論点も、いまにわかにこれを採用しえないとするのほかはない。

五  右のとおりである以上、本願商標(一)、(二)についてPERLONの語が普通名称化しており特別顕著の要件を欠きあるいは品質の誤認を生ずるとしその登録をすべきものでないとした本件各審決は、違法であつて取消しを免れないから、原告の本訴各請求を認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用し、よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 原増司 福島逸雄 荒木秀一)

【編注】ドイツ語の表記について、一部の古いブラウザーでは「?」と表示されます。

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